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ホテル富士 |
さて、お腹も空いたしそろそろお昼ご飯ですね。
せっかくだから地元でしか食べられないものを!
と言うわけで、大仙市(旧 大曲市)に移動します。
実は横手市のコンビニで、秋田県のB級グルメが紹介されたチラシを発見。
大曲にもあるんだな〜ってことでお邪魔してきました。
大曲駅前を少し離れたところにある
「ホテル富士」のレストランです。
ここではですね、
「カレー温麺」
がいただけるのです。
「カレー温麺」とは?
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カレー温麺 |
店内に入ると、お昼時もあって満席でした。
ホテルのフロント前の待合い席に座って注文を聞かれます。
もちろん「カレー温麺」に決まってます。
やがて運ばれてきたカレー温麺とご対面。
ラーメンの上にカレーと天かす
がかかったシンプルな構成。
「いただきま〜す」
さっそく食べてみます・・・
「お、こりゃおいしいな」
スープにカレーが混じりまして、日清カレーヌードルに近い味でした。
もちろん、カレーヌードルよりは上品なおいしさでしたよ。念のため(笑)
1995年に閉店した大曲の百貨店「カネトク」の名物料理だったそうで、
全盛期には部活帰りの中高生の人気メニューだったそうです。
学生に人気のメニューと言えば、カレーかラーメン。
一緒にしてみたらどうだろう?てなことで、
誕生したのがこのメニューだったそうです。
大曲のソウルメニュー?となった訳ですが、現在ではこのお店でないと食べられないそうです。
小さいライス付きで780円くらいだったかな?(もう忘れた)
大曲に来たらぜひどうぞ〜 |

角館 |
お腹も一杯になったので、角館にやってきました。
武家屋敷で有名なこの街も、6月の平日とあって観光客もまばらでした。
角館城に登ろうと思ったんですが、
「熊出没中」
の看板を見つけたので、そうそうに撤退しました。
べ、別に山道歩くのがしんどかったわけじゃないんだからねっ!(ツンデレ) |

ここは久保田城
(秋田市) |
角館からは広域農道をのんびり走って秋田市へ。
特に深い理由はなく、岩手県はOZAWAの地元かあ・・・とか考えてたら、
秋田市に来てました(笑)
秋田と言えばなまはげ久保田城ですね。(違う?)
源義家の弟である義光から続く名家、佐竹氏の居城でした。
さっそく城内を歩きます・・・ |

二の丸下の堀跡 |

松下門跡 |
三の丸からは土橋を渡って右に折れ、坂道を登っていきます。
やがて松下門跡を通過したところが、二の丸になります。
城内各所からのルートは二の丸に集中する仕組みになっていて、重要な曲輪でした。
現在は公園と、佐竹資料館が建っています。
佐竹義宣の毛虫の兜がなかなかいい感じでしたよ。
戦国武将っておしゃれですよね。
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二の丸 |

本丸への石段 |
二の丸からは長い石段を登って本丸に向かいます。
途中、三度も折れ曲がる厳重な造りでした。 |

折れ |

久保田城は土の城 |
久保田城の特色は、土塁と堀の城であること。
石垣は写真のように数段しか積まれず、土止め程度の機能しか果たしていません。
幕府に遠慮したとも、土塁造りの技術しかなかったとも言われております。 |

本丸表門
(復元) |
途中で長坂門跡を通過し、石段を登り切ったところは小さな平坦地になっていて、
枡形の機能を持っています。
その左手には本丸表門(復元)がそびえていました。
久保田藩20万石の格式を持つ立派なものです。 |

御物頭御番所
(現存) |
枡形には、本丸門の警戒に当たった御物頭の番所(詰め所)があります。
これは江戸時代から残っているもので、城内唯一の遺構です。 |

解説板 |

本丸 |
本丸内はかなり広く、実際に歴代藩主はここで暮らしていました。
本丸の西北隅にあった新兵具隅櫓が再建され、内部が資料館になっていました。
が、この櫓はもともと2層2階。
展望台の機能を持たせたかったために天守風の造りになってしまってます。
江戸時代の外観を復元したものではないので、雰囲気だけを味わってきました。 |

本丸新兵具隅櫓 |

久保田城下絵図 |
資料館内の資料は、狭いながらも充実していましたよ。
入場料もそんなに高くなかったし、おすすめしときます。
私が模型にかぶりつきだったのはお約束です(笑) |

久保田城模型 |

本丸土塁 |
本丸の土塁はかなりの高さで、斜面も急でした。
かつてはもっと険しかったものと思われます。
本丸の西側には埋跡がありました。
ここを下ると本丸帯曲輪をへて二の丸に着きます。 |

本丸埋門跡 |

御出し書院跡 |
久保田城には天守はなく、斜面に出張って建てられた
「御出し書院」
が、その代用をなっていました。
書院の台座は天守台と同じ形でして、本丸の南側に大きく張り出しています。
江戸時代には城下からも良く見えたことでしょう・・・ |

御出し書院跡を下から見る |

ババへらアイス |
この日は天気が良くって気温も高めだったので、のどが渇いてきました。
秋田県名物「ババヘラアイス」を頂きます。
「ババヘラアイス」はですね、秋田県では道路脇にパラソルを開いてアイスを売っているおばさんをよく見かけるんですよ。
でね、アイスを注文すると。へらで写真のようにお花の形に盛りつけてくれるんです。
おばさん(ババ)がへらでアイスを売るので、ババヘラアイスとの愛称で親しまれてます。
300円だったかな?バナナ味です。
そういえばご当地キティちゃんのデザインにもなってましたね。 |

久保田城三の丸堀 |
秋田城三の丸堀です。
ものすごい幅の堀です。たぶん鉄砲の射程を考えた幅になっているのでしょう。
蓮の葉がたくさん浮いていました。
久保田城と佐竹氏のお話
忘れた頃にやってくるうんちく話(笑)
「このオヤジはうるさいな〜」と思う方は読み飛ばしてね(笑)
関ヶ原の合戦では限りなく黒に近いグレーだった佐竹家。
もともと徳川家の後背を脅かす常陸水戸にて54万石を誇っていた佐竹家。
家康がそのままほっとくわけがない。
あっさり出羽秋田へ転封と相成ります。
最初、秋田氏(安東氏)の居城だった出羽湊城に入りますが、
5万石の城下町に54万石の家臣団が収まりきる訳がない。
佐竹義宣は城の新築を決意します。
1603年から築城を開始し、城下町を含めて完成したのは1621年頃と言われています。
以後、佐竹氏の居城として明治維新までつづきました。
戊辰戦争の時、久保田藩は官軍につきます。
怒った奥羽列藩同盟軍(庄内藩兵)に攻め込まれて横手城は落城、
久保田城下まであと12キロというところまで攻め込まれます。
しかしこの時点で仙台藩と米沢藩が官軍に降伏。
背後が危なくなった庄内藩兵は撤退。
かろうじて落城をまぬがれています。 |

大手門跡 |
三の丸の東の端に、大手門跡がありました。
現在は案内の杭だけが建っています。
その横の上り坂を登っていくと、二の丸東側の堀を見ることができます。 |

久保田城東側の堀 |

黒門跡 |
二の丸東側の門である黒門の跡です。
門の礎石が残っていました。
さて、日もかげって気温が下がってきました。
大手門前にあった秋田県の物産館でお土産を買ったあと、宿にチェックインしました。 |

門の礎石 |

久保田城マップ
かつての堀跡に沿って道があるのが面白いですね〜 |

激マズラーメン(笑) |
その夜、私は秋田駅前の居酒屋で1人で5000円分飲み食いしてしまいました。
ちょっと高かった???
締めに別のお店でラーメン食べたらとってもまずくて
「金返せこのやろー」
ってもうちょっとで言いそうになりました(笑)
居酒屋はそこそこうまかったんですよ!
そこで止めておけばよかったなあ・・・ |
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to be continued・・・ |
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2010.8.7作成 |
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