めでたく走行距離が8万キロに
 さて、広瀬の街を出発しまして国道432号線で峠越えです。
 途中に未整備区間があって道はかなり細くなりますが、
バイクなので気になりませんでした。
 ふっと鹿児島の県道72号線を思い出しました。
 松江市八雲町で、走行距離が
8万キロ

に到達しました。
二代目ジェベルと一緒に赤道二周かあ・・・
途中でOHとかあったので、感慨深いものがありました・・・

八雲町付近の国道432号線
 そのまま国道432号線を北上していくと、やがて松江市街に到着します。
 国道9号線を越えると県道21号線に入ります。
ほどほどのところで左折すると、松江城大手門の近くに着きます。

松江城天守が見えます
(手前左のビルは島根県庁)
 松江城下宍道湖湖畔に、
国暉酒造があります。
 現在の建物は1805年に建てられたものだそうで、城下町の雰囲気を今に伝えています。
 江戸時代は廻船問屋などが生業だったそうで、酒造りをはじめたのは明治7年からです。
 現在は美保関に近い枕木山の水を仕込みに使っているそうです。
 さすがに今時の市街地の井戸水では辛いのかもしれませんねえ。
 「国暉」「不昧公」などのお酒を醸しています。

国暉酒造
(こっきしゅぞう)

宍道湖畔を往く
(国道431号線)
 松江市街を出発して宍道湖畔を走ります。
 空は黄砂で真っ白で、少々ほこりっぽいですが、さわやかな風が吹いておりました。

風になびく麦畑

塩野町あたり
 途中で国道431号線を離れて県道に入りますが、少々ややこしくて道に迷いました
(^^;
 で、ようやく出雲市街に到着。
 出雲市駅西側から南西方向に斜めに伸びている道を走っていくと、出雲市塩野町に着きます。
 とても静かな住宅地の中に、板倉酒造さんがありました。

やはり酒造場には煙突ですね!

板倉酒造
 板倉酒造さんは明治4年創業。
元々素封家だっったようです。
 主な銘柄は「天穏」です。
 仏典にある「無窮天穏」から取られたようです。
 平成22年から生もと造りを復活させた意欲的な蔵です。
 直販もやってましたので、旅の土産に自宅に発送しました
(^^ 

天隠
生酛 無濾過純米生原酒
生酛らしい濃厚な、爽やかな酸味のあるお酒です。

簸上酒造事務所
 いったん出雲市駅の方へ引き返しまして、国道9号線の旧道を東へ。
 斐伊川手前で県道26号線に入りまして、斐伊川をさかのぼります。
 木次町からは国道314号線を走ります。
国道314号線は、斐伊川沿いをついたり離れたりしながら山奥へと続いていきます。
 たたら製鉄で有名な出雲横田で国道を離れます。
ここには簸上酒造さんがあるのです。

裏山
 簸上酒造(ひかみしゅぞう)は「泡無酵母」発祥の地として有名なところです。
 普通、アルコール発酵には二酸化炭素の発生がつきものでして、
日本酒造りでは二酸化炭素の気泡に酵母が吸着して泡ができるのです。
 ところがここ簸上酒造で、発酵中に泡が発生しない突然変異の酵母が発見されました。
泡が発生しないと作業工程が減らせるため、この泡無酵母の研究が進められました。
 今ではいわゆる協会酵母の7割が泡無酵母なのです。
(泡が発生しない理由は、細胞壁が親水性を持ってるからなんだそうです。)

まっさらな杉玉
 簸上酒造は1712年(正徳2年)創業です。
ちょうど江戸幕府6代将軍家宣が亡くなった年ですね。
 主な銘柄は「簸上正宗」で、他に「玉鋼」「七冠馬」があります。
 七冠馬の名前の由来は、七冠馬シンボリルドルフからなんだそうですよ。
牧場主さん?と蔵元が親戚とかなんだとかでした。(笑)

泡無酵母発祥の地
 簸上酒造は横田川改修時に移転したそうで、元々蔵のあった場所に「泡無酵母発祥の地」の石碑と碑文がありました。
碑文

横田川
 石碑の前には一件のお店が。
 焼きそばのお店と間違えて入って笑われたんですが、
「焼きさば」
のお店だそうです。
 なんと炭火で大きなさばを焼いておりました。
 とってもうまそうで、ここでキャンプなら買って帰ったんですが・・・
 宿に着くまでに冷めちゃいそうなので諦めました・・・
 「日本海放送で紹介された」って書いてました。

焼きさばのお店(笑)

横田のお店
(コンビニ風)
 横田の街を去ろうとしたとき、
「奥出雲バーガー」
というノボリに心奪われました。
なんだかうまそうです。
 さっそくノボリの立ってるお店に入ってみました。
 お店の前にはママさんダンプが置いてありました。
 結構雪が深い場所なんですね・・・
 

ママさんダンプ

奥出雲バーガー
(ミンチカツ)
 奥出雲バーガーは、ブランド牛「奥出雲牛」のお肉と、地元産新鮮野菜を使ったハンバーガーで、1個500円でした。
 ミンチカツバーガーしか残って残ってなかったので、コイツをゲット!
 さっそく試食でございます・・・・
「あ、これうまい!」
オススメでございます~

これがおいしいんだなあ・・・

広島県に入りました。
(西城町油木付近)
 出雲横田からは国道314号線をひたすら南下します。
 広島との県境近くではループ橋も出現。
楽しめる道ですね~
 このループ橋の近くで、木次線はスイッチバックをしています。
険しい山なのですねえ。
 間もなく、道は広島県に入ります。
 途中で踏み切りに出会いました。
なぜか心引かれまして写真を撮りました。
 反対側から来たバイクが、島根県の方へと走り去りました。

国道413号線の風景

備後の風景
 備後落合で国道183号線に入ります。
 ここ備後落合には、冬場のみ販売される
「おでんうどん」
なるB級グルメがあるらしい・・・
 冬にもう一度来なくてはなるまいのう・・・

 ここで木次線はお終い。ここからは芸備線に沿って走ります。
 「ヒバゴンが出た!」と一時騒がれた比婆山はこの辺のようです。
 備後庄原を過ぎて、三次市街手前で県道431号線へ。
馬洗川を渡って国道184号線を越えて県道430号線を走り、国道375号線に入りました。
 国道375号線は交通量も少なくて、快走出来ました。
 「芝桜」の看板のある乃美を通過。
 この乃美の辺り、毛利家重臣乃美宗勝を輩出した乃美氏発祥の地なのです。
 乃美氏は小早川氏の庶流の家柄なんだそうですよ。
 

備後の風景

今宵の晩酌
 辺りが暗くなり始めた頃、ようやく西條市街に到着しました。
今宵は西條泊まりでございます。 
 この日の晩酌も稲田姫でした。
 300mlを1日で飲みきれないほど酒量が落ちております(笑)
お友達の海雛さんと飲みに行くと、もうちょっと飲むんですけどね・・・

早朝の西條駅前
 さて、ホテルに置いていたパンフで気がついたのですが、
西條って酒都って言われてるんですね!
 地図を見てびっくりしたのが、その密集ぶり。
西條駅前に八つの蔵が並んでいるのは壮観です。
 西條杜氏ってのは聞いたことがあったんですが、これほどとは思いませんでした。
 5:00に起床しまして、5:30に散歩がてら酒蔵巡りに出かけました。

酒蔵横丁
 駅前ロータリーから東に歩くと、まず左手にあるのが
酒蔵横丁
 最近はやり?の屋台村で、西條のお酒を飲ませてくれるお店が出店しているそうです。

西條のお酒

さっそく酒蔵らしい白壁が
(白牡丹酒造)
  酒蔵横丁の前には白牡丹酒造(延寶蔵)がありました。
 白牡丹酒造は、創業1675年(延寶3年)だそうで、島左近の子孫が創業したと伝わっているそうです。
 主な銘柄は「白牡丹」
 天保10年(1839年)、摂政関白鷹司正通公が、
その出来映えを愛で、家紋にちなんだ「白牡丹」の銘を与えたことによるそうです。
 江戸時代に商圏が上方にまで広がっていたんですねえ~
 蔵元は、有名な画家である棟方志功とも親交があったようですよ。
すごいですね~

酒蔵らしい白壁が美しいです
(賀茂鶴酒造壱号蔵)
 次に見かけたのが
賀茂鶴酒造

 創業は1623年(元和9年)だそうです。
もともとこの地にあった木村家が始めました。
 木村家は後に紹介する広島藩直営の本陣である
「御茶屋」
の管理を任されるほどの大地主でした。
 
 

賀茂鶴

壱号蔵入口
 御茶屋は浅野家はじめ、島津、細川、鍋島、毛利などのそうそうたる大名が参勤交代に利用し、木村家は繁栄を極めました。
 明治6年、当主木村和平が銘酒「賀茂鶴」と命名。
以後、主要銘柄として有名になりました。 

入口脇には仕込みに使う水が飲めるようになってました

壱号蔵遠景
 山陽本線の開通により、賀茂鶴は大阪・東京市場に本格的に進出。
明治時代、すでに新聞広告を出していました。(酒造界初)
 大正時代には株式会社化。
(月給3円の時代に、資本金が150万円だったとか)
 昭和33年には日本初の大吟醸酒を醸したそうで、
常に酒造業界のトップを走って来た会社です。 
 戦時中には海軍にも酒を納入していて、戦艦大和にも賀茂鶴は積み込まれていたそうです。

御茶屋御門
 御茶屋の御門が保存されていました。
 明治期に木村家に払い下げされ、以後賀茂鶴酒造が管理しているそうですよ。
 御茶屋は敷地が1488坪あったそうです。
 門の前の道がかつての山陽道で、大名行列や旅人が行き交っていた道です。
 ここ西條の地に、かつての安芸国府がありました。

解説板

福美人酒造
(恵比寿蔵)
 賀茂鶴から東に歩くと、
福美人酒造があります。
 創業は大正6年(1917年)です。
 技術力のある蔵で、西條酒造学校という異名を取るほど、全国から酒造りを勉強に来た人が多かったそうです。
 主要銘柄は「福美人」です。

蔵の建物

賀茂泉酒造
 次にやって来たのが
賀茂泉酒造です。
 創業は明治44年です。
 主な銘柄は「賀茂泉」
 由来は地名の賀茂と所有していた泉「茗荷清水」からだそうです。

時刻は5:50、まだ開いてません
(当たり前)

遠景
 三増酒全盛の昭和40年から純米酒復活に取り組み、昭和46年に商品化。
 純米酒造りのパイオニアになりました。
 賀茂泉にはかつて事務所に使っていた洋館があり、喫茶室などとして利用されているそうです。

酒泉館

廓への入口だったそうで
 歓楽街への入口だった建物が残っていました。
 この門の内側が歓楽街だったそうですよ。

天井を見上げる

亀齢酒造
 次にやって来たのは
亀齢酒造
 その名の通り、亀は万年と長寿を祈っての命名です。
 創業は江戸時代だそうですよ。

水って書いてある蔵

遠景
 蔵の前には仕込み水が試飲出来るようになってました。
 昼間でしたらショップも開いているそうです。

仕込み水が試飲出来ます

西條鶴
 西條鶴酒造です。
 発祥は天宝年間で、創業は明治37年。
 主な銘柄は「西條鶴」
 蔵の前では天保時代から湧き続けている井戸水が試飲出来ますよ~

町屋
 西条駅前には酒蔵の他に町屋も残っていて、とても風情があります。
 駅前通を挟んで西側の旧山陽道筋は飲み屋街になっていて、ちょっと猥雑な雰囲気になっています。
 閉店したガールズバーの店内で、店員さんが掃除してました。
 

旧山陽道

山陽鶴酒造
 旧山陽道をてくてく歩いていくと、割烹しんすけがあります。
 これが山陽鶴酒造で、割烹は直営店です。
創業して100年になるそうで、大正元年(1912年)の創業です。
 お店では日本酒を使ったお鍋「びしょ鍋」がいただけるそうです。
一度食べて見たいですね・・・
 名前の由来は山陽道の松並木から、黒松山陽鶴と命名したのが始まりなんだとか。

賀茂輝酒造
 いよいよ最後の蔵です。
 賀茂輝酒造は、創業明治29年(1896年)です。
 小さな蔵で、赤米を使ったお酒などを造っているそうです。
 カフェを併設していて、吟醸シフォンケーキなんかがあるそうです。
食べてみたいですなあ・・・
 時刻は6:10。当然のごとく閉まってます(笑)

 朝飯前の散歩は終了~
7:00からのサービス朝食にありつきまして、7:30には宿を出発しました(笑)
2011年GWの旅(続く)
2011.6.11作成
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