手筒花火の筒
 豊橋が近づいて来ました。
 豊橋には1mくらいの竹筒に火薬を詰めて人が抱えてやる
「手筒花火」
のお祭りがあります。
 その筒が軒先にぶら下がっていました。

豊川放水路

高橋
 長ーい上り坂を上ったところに豊川の放水路がありました。
 そこにかかった橋が歩道もない橋でして、びゅんびゅん走る車がとっても怖かったです。

豊橋市に入りました。
港が意匠のマンホール

小さな道標がありました。
左 とよ川
でしょうか?
 途中のコンビニでトイレ休憩。
 ようやく近づいて来た吉田宿にほっとします。

名残の松

町屋と街道
 創業元禄16年(1703年)の菜種油商が、いまだに健在です。
 すごいですねえ!

ヤマサン
創業300年以上!

右 御油道
とかかれた道標兼常夜灯
 ようやく豊川に到着しました。
 橋を渡って豊橋市街に入ります。
 ちなみに三河の国名は、乙川、豊川、矢作川の三つの川に由来します。
 吉田大橋は矢作橋、瀬田の唐橋と並ぶ東海道三大橋の一つだったそうです。

豊川を渡ります。
往時の橋は少し下流にあったとか

吉田城の櫓が見えます。

手筒花火と吉田城意匠の
マンホール
 橋を渡ってしばらくのところが船町。
 豊川水運と江戸・大阪方面への海運の結節点だったところです。
 ここには高札場が設けられたそうです。

東海道53次
「吉田宿」
吉田大橋と吉田城、豊川が
描かれています。

西惣門跡
吉田城下の西入口です。
 吉田宿は老中クラスの譜代大名が治めた城下町でもありました。
 本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠は65軒(1802年ごろ)戸数は1000軒ほどあり、人口は5000人から7000人といった処です。
 吉田藩は長沢松平家の分家である大河内松平家が7万石で維新を迎えています。
 吉田宿は非常に栄えた歓楽街でもあり、「吉田通れば二階から招く、しかも鹿の子の振り袖が」と謡われました。

菊宗
菜飯田楽の老舗
創業文化年間(1804~)
菜飯食べたかったのですが、
時間が15:00と微妙でした・・・

創業140年の団子屋さん
 行列に釣られて街道を少しだけ外れてみました。
 なんと創業140年という団子屋さんでした。
 店先に置かれた機械で次々と団子が焼き上がって行きます。
 風情はないけど、子供は食いついてましたね(笑)

今は機械化
自動でたれが付いて焼き上がります。

おやつにいただきました。
 もちろん我々もいただいてきました。
 この時間くらいから日が陰ってきて寒く感じるようになりました。

吉田宿本陣跡
今は鰻や「丸よ」さんです。

豊橋鉄道の路面電車
東海地方唯一です。
 創業大正14年(1925年)の豊橋鉄道を見かけました。
 と、路面電車意匠のマンホールも発見!
 なかなか粋ですね。
 

曲尺門史跡
吉田城の城門跡です。
 吉田城の城門跡に来ました。
 吉田城の歴史は古く、永正2年(1505年)にさかのぼります。
 東三河の有力国人牧野氏が城主でしたが、近隣の戸田氏や松平氏、今川氏などの勢力争いで次々と城主が変わっています。
 その後、酒井忠次が城主となり東三河の旗頭となりますが、徳川家康の関東移封で、池田輝政が城主となります。
 現在の吉田城はこの時のものです。

東惣門跡

解説板

歩道橋の上から
 いよいよ吉田城下を離れました。
 ここで終わろうかという話も出たのですが、まあ日暮れまで歩こうということになりました。

国道1号線には
歩道橋がいっぱい

寿泉寺
三重の塔が立派

吉田城下

岩屋観音脇
 柳生川の辺りで国道をはなれ、住宅地の中を歩いて行く感じになります。
 国道の抜け道のようで、交通量は結構多いのです。
 時間も17:00前とあってラッシュの時間にさしかかりました。
 岩屋観音の山裾を北に迂回するように東海道は大きくカーブし、最後は切り通しのような場所を通過した坂の下が二川宿でした。

二川宿手前
渥美奥郡道の道標
右 東海道 豊橋一里半
と刻まれています。

二川駅にて
機回し線が(以下略)
 二川宿も見所多そうだったのですが、もう疲れも限界
 時間も17:00回ったので、宿へ引き上げることにしました。
 

米原行きが入ります。

せっかくなので、地元名物を
玉川うどん本店
 時間も遅くなりそうなので、豊橋駅で下車して晩ご飯を食べていくことにしました。
 豊橋駅は東三河の中心駅でもあり、新幹線の駅もあってすごく賑やかな駅でびっくりしました。
 地元の名物を探してお店に向かいます。

名物カレーうどんです

ちょっと普通のカレーうどんと違います。
 駅からさほど遠くない場所で助かりました。
 お店に入ってカレーうどんを注文しました。
 

ちょっとではなかった
かなり違います。

器の底には締めのとろろご飯
 かなり変わったカレーうどんでしたが、おいしくいただきました。
 地元のお客さんがひっきりなしで、かなりの人気店でした。
やはり観光客相手の名物より、地元のお客さんに愛されているのが一番ですよね!

名古屋駅まで帰ってきました。
 駅前で名古屋~豊橋間の割引切符を販売していたので、若干安く帰れました。
 名鉄を選択して名古屋駅まで帰還。宿の送迎バスを待って宿に入りました。

手風琴の調べおいしかったです。

豊橋名物といえば
ヤマサのかまぼこ
 豊橋名物といえばちくわ。
 大変美味しゅうございました。

えだ豆くんでいっぱいやりました。
東海道をゆく 続く
2018.7.1作成
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